本記事は、以下の記事の後編となります。
前回は、分数コード(オンコード)といったものの定義と、その特徴について述べました。分数コードは、通常のコードとはルート音が異なり、また、場合によっては構成音も異なるため、通常のコードでは表現することができないような印象を与えることがある、という事を述べさせていただきました。
ただし、前回の説明は、あくまで「1つの」分数コードに着目して、その特徴について述べたものでした。今回は、分数コードを、「コード進行の流れの中で」使用した場合に、どのような働きがあるかを、音源の例とともに説明していきたいと思います。
ルート音を滑らかに推移させるコード進行
分数コードを使用したコード進行で、最もよく使われるのが、「ルート音を少しずつ下げる(あるいは上げる)」というテクニックです。言葉で説明するよりは、実際に聴いてもらった方がわかりやすいので、コード譜とその音源で実例を示しながら見ていきたいと思います。
カノン進行の例
音源1
|C|G|Am|Em|F|C|F|G|
音源2
|C|G/B|Am|Em/G|F|C/E|F|G|
「音源1」は、いわゆる「カノン進行」というコード進行の例で、本記事の「分数コード」は使用しておらず、比較のために掲載したものです。一方、「音源2」の方は、カノン進行の一部を、分数コードで置き換えたものです。
音源1と2のコード譜を見て頂けばわかるように、この2つの例で異なる部分は、2,4,6小節目で分数コードが使われているか否かという点のみであり、コードを構成する音の種類は全く同じです。
この2つを聴き比べてみて、何か違いは感じていただけたでしょうか?「特に違いは感じない」という方は、「一番低い音」に注意してもう一度聞いてみてください。なんとなく音源2の方が滑らかに移動しているような感じがしないでしょうか?
実は、音源2の方は、ルート音だけに着目すると、C→B→A→G→F→E→F→G(ドシラソファミファソ)と推移しており、それぞれの音は、前の音から、半音もしくは全音だけしかずれていません。このように、ルート音を滑らかに推移させていくと、どういう理由かはわかりませんが、人間の耳には非常に安定したコード進行として聞こえることがあるのです。そのため、分数コードは、「ルート音を滑らかに推移させるため」に使用されている例が非常に多いのです。
とはいえ、この例だと、「安定感が得られるのは、分数コードだからではなく、カノン進行だからなんじゃないか?」と思われるかもしれません。確かに、カノン進行は非常に有名なコード進行で、分数コードを使わずとも十分に心地よい響きを出すことができます。この例だと、分数コードを使ったことによるメリットはあまり感じられなかったかもしれません。今度は別の例を見ていきましょう。
半音ずつ下げる(上げる)テクニック
音源3
|C|Em/B|Edim/B♭|A7|
|Dm|C#aug|F/C|G/B|
今度は、ベース音を半音ずつ下げるテクニックを見ていきます。音源3のコード進行は、前半4小節でルート音がC→B→B♭→Aと、後半はD→C#→C→Bと、それぞれ半音ずつテクニックが使用されています。この8小節セットで使用されることもあれば、どちらかの4小節のみが使用される事も、多くの例が存在します。
このコード譜では、dimやaugといった特殊コードや、A7といったノンダイアトニックコードが使われるなど、上で示したカノン進行と比べると、かなり変わったコードが使われており、特に、augなどは単独で使われると相当インパクトの強いコードです。それでも、ごく自然な感じに聴こえるのは、ルート音が滑らかに推移していることが大きいものと思います。
では、このコード進行を分数コードを使わずに演奏するとどのようになるでしょうか?
音源4
|C|Em|Edim|A7|
|Dm|C#aug|F|G|
音源4は、音源3の分数コードを全て通常コードで置き換えたものです。「不自然」とまではいかないかもしれませんが、音源3に比べると滑らかな感じが減って、Edim、A7、Fといったコードがずいぶん唐突に登場した感じがしないでしょうか?どちらも構成音だけを見れば全く同じなのに、その滑らさには、ずいぶん異なった印象を抱くのが不思議ですね。
ちなみに、少し余談になりますが、音源3のコード進行は、例えば最初の4小節に注目すると、コードの構成音は左から「ドミソ」「シミソ」「シ♭ミソ」「ラド#ミソ」となります。この4つのコードを見ると、高音部の「ミソ」は全て一致しており、低音部のみが移動していることがわかります。このように、コード進行において複数の音を固定させ、一音のみを移動させるテクニックを「クリシェ」と言います。後半4小節のうち、最初の3小節も、「ファラ」の部分が固定で最低音だけ異なるため「クリシェ」です。
クリシェは、音源3のように分数コードによって最低音が移動するパターンだけでなく、C→Caug→C6→C7のように、最高音だけ移動するパターンもあり、機会があればクリシェに着目した記事も書いていこうかなと思います。
さて、話を分数コードに戻しますが、ルート音を半音ずつ変える例を、他にも見ていきたいと思います。
音源5
|Am|E/G#|C/G|D/F#|
|Dm/F|Am/E|B7/D#|E|
音源6
|Am|G/B|C|A/C#|
|Dm|B/D#|Esus4|E|
音源5は、音源3と同じくルート音が半音ずつ下がるコード進行ですが、マイナートニック(Am)から始まるところが異なります。音源6は、ルート音を半音ずつ「上げる」例です。
いずれの例も、分数コードを使用しなかった場合は、ルート音を滑らかに推移させることは困難で、分数コードならではのコード進行と言えるでしょう。
ベース音を固定してコードのみを変えるテクニック
これまで、ルート音を滑らかに移動させることで、安定した響きを与えるコード進行を見てきました。分数コードを使うと、コードの響きは変わっているのに、ルート音をあえて「移動させない」コード進行も考えられます。例を見てみましょう。
音源7
|C|F/C|Fm/C|C|
音源8
|C|F|Fm|C|
音源7は、ルート音をあえてCに固定した上でC→F→Fm→Cというコード進行を奏でたもので、音源8は、分数コードを使用せずに演奏したパターンです。
これらの音源は、どちらのパターンであっても不自然な感じはせず、それぞれのコード進行が「あり」だなという印象を受けるのではないでしょうか。実際の楽曲において、どちらのコードを選択するかは、編曲者の感性によるものだと思います。
このように、ルート音を固定させるコード進行を使うテクニックも、分数コードの存在なしではほぼ不可能といえます。
まとめ
今回は、分数コードを用いることで、ルート音を滑らかに変化させたり、固定させたりするコード進行の例をいくつか見てきました。特に、音源3,5,6の例では、通常コードだけでは同じような印象を表現することは非常に難しく、分数コードならではのテクニックと言えます。
今回載せた例は、分数コードを用いた例の中では、ほんの一部にすぎません。心地よい響きを持つコード進行というものは、今やほぼ出尽くしていて、オリジナルのコード進行を作成するのはなかなか難しいかもしれません。しかし、分数コードを使うことで、コード進行の組み合わせは、何十倍、何百倍にも膨れ上がります。もしかしたら未だ使われていない素晴らしいハーモニーが、見出せるかもしれませんね。