多くのコード譜や楽譜において、G/Bや、GonBのようなコードを目にすることがあるかと思います。これらは、分数コード、またはオンコードなどと呼ばれるもので、通常の弾き方をした場合とは少し違った響きを与えることができます。今回より2記事に分けて、この「分数コード」の意味と、その特徴について、サンプル音源も使用しつつ説明していきたいと思います。
目次
分数コードとは?
分数コードとは、以下のような形式で表記されるようなものです。
上の3パターンの表記は、全て「最低音でB(シ)を弾いて、その上でG(ソシレ)というコードを弾くという意味で、この3つのパターンは表現が異なるだけで全て同じ意味です。
「最低音」を奏でる楽器は、ポップス、ロックにおいてはベースであることが多いですが、必ずしもベースである必要はなく、ピアノの左手だったり、ストリングス系の低音だったり、パッドのような音であることもあります。
高音部の和音も、どのような楽器でも問題はなく、最低音がB(シ)でありさえすれば、高音部は「ソシレ」の他、「シレソ」でも「レソシ」などの転回形でも構いません。
分数コードは、これから見ていくように、単独のコードにはない様々な特徴を持つため、J-POPにおいては頻出のコードのテクニックと言えます。
分数コードの用法1:単独コードとは異なる表情を出すために用いられる
分母がコードの構成音に含まれる場合
分数コードを用いる理由として一番大きいのは、分数コードは、通常の単独コードだけでは表現できないような感情を、表現できることがあるからです。
例を見てみましょう。以下に2つの音源を挙げます。それぞれ、演奏しているコード進行は以下のようになっています。
音源1
|C|C|F|
音源2
|C|C/E|F|
音源1は、ごく普通のⅠ→Ⅳと遷移するコード進行のパターンで、最初の2つの和音は全く同じです。それに対して、音源2の方は、2つ目のコードで分数コードを使っています。
2つのコード進行で異なる点は、2つ目のコード進行がCかC/Eかだけです。しかも、C/Eはその最低音であるE(ミ)が、コードCの構成音であるため、音源1と2は、構成音にだけ着目すれば、全く変わらないことになります。
しかし、実際聴いてみると、音源2の方は、1つ目の和音から2つ目の和音に代わる時に、印象が少し変わったと思うのではないでしょうか?このように、分数コードを用いることによって、構成音が全く同じコードであっても、異なる印象を与えることができるのです。
なぜ、最低音が異なるだけで、違った印象を得ることができるのでしょうか?この理由は、はっきりとはわかりませんが、僕は以下のように推測しています。
和音を、その構成音がすべて同じ音量になるように弾いた場合、人間の耳には最低音が最もはっきりと聞こえます。すると、残りの音はその最低音を基準にして、「上に乗っかている」という感じで聴こえてきます。ここで、Cの「ドミソ」というコードを、最低音を基準に見ると、「ドミ」という長3度の音程が、コードの表情において最も重要な音程になります。
一方、C/Eの「ミソド」の場合は、最低音を基準にすると、「ミソ」という短3度の音程が登場します。このように、低い方から見ていった場合に、最初に現れる音程が、長3度か短3度であるかの違いが、コードを聴いた時の印象の違いに現れているのではないかと思っています。
ちなみに、「ミソ」から始まるコードと言えば、真っ先に思い浮かべるコードは「Em」だと思います。C/Eというコードは、最低音を中心に考えれば、むしろEmというコードに似ていると言えます。
そこで、実際に、2個目のコードをEmにした音源も聴いてみてください。
音源3
|C|Em|F|
特に、「音源1と音源2」、「音源2と音源3」をそれぞれ聴き比べてほしいのですが、どちらの組み合わせの方が、2つの音源がより近いように感じたでしょうか?
これは、おそらく個人差があると思います。「音源1と音源2」は、和音の構成音は全く同じですが、最低音が異なる組み合わせです。一方、「音源2と音源3」は、構成音こそ異なりますが、「最低音とその次の音」が全く同じという組み合わせです。
音源2は、上記の2つの特徴から、音源1とも音源3とも近いともいえるのです。したがって、音源2で登場した「C/E」というコードは、音源1の「C」と音源3の「Em」の中間的な響きがある新しいコードと見なすことができます。これが、「単独コードとは異なる表情を出す」という言葉の意味です。
J-POPの楽曲では、C→F(Ⅰ→Ⅳ)というコード進行を持った楽曲が非常に多くありますが、その中には、C→Fのように分数コードを使わないパターン、C→C/E→Fのように分数コードを挟むパターン、C/E→Fと、最初から分数コードを使用するパターンなど、いずれも多くの例があります。どれが一番優れているということではなく、それぞれのパターンが、個々の楽曲のメロディーや曲調にマッチするように、割り当てられているのです。
分母がコードの構成音に含まれない場合
上記で見てきた例は、分数コードの分母が、元のコードの構成音として含まれていた例でした。しかし、これだけだと、コードの「転回形」(ドミソ、ミソド、ソドミなど、同じ構成音を別の順番で弾くこと)を分数の記号で表しただけのようにも思え、分数コードの有用性を十分に説明したとは言えません。
分数コードが発展性に優れている理由は、分母の音は、必ずしもコードの構成音である必要はないという点にあります。
やはり音源で例を挙げていきたいと思います。
音源4
|F|G|C|
音源5
|F/G|G|C|
音源4の方は、Ⅳ→Ⅴ7→Ⅰという非常にオーソドックスなコード進行です。それに対して、音源5の方は、1つ目のコードで分数コードを使用しています。
この分数コードは、分子のコードがF(ファラド)で、分母がG(ソ)であるため、「分母がコードの構成音に含まれない」分数コードに該当します。構成音を全て書き出すと、「ソ、ファ、ラ、ド」となり、このような構成音を持つコードは、1つのアルファベットだけを用いた簡単な形では書くことができません。
先ほどのC/Eの例では、構成音自体はCと全く同じで、その順番だけが重要でしたが、今回のF/Gにおいては、順番だけでなく構成音そのものも、分数コードを使用せずには表現できないハーモニーであることが特徴です。
ちなみに、このF/Gというコードは、サブドミナントのFというコードの表情はもちろん、ドミナントGとしての表情も少なからず含んだオシャレなコードで、J-POPでも多く耳にすることがある分数コードです(分子分母を逆にしたG/Fもよく使われますが、こちらは構成音だけに注目すればG7と同じなので、「分母がコードの構成音に含まれる場合」に該当します)。
F/Gはほんの一例にすぎず、分母がコードの構成音ではない分数コードは、いくらでも考えることができます。したがって、分数コードを使うと、コード進行のバリエーションを一気に増やすことができるのです。
今回のまとめ
今回は、分数コードを使うことによって、単独のコードでは表現できないような感覚を表現できる場合があることを、実例とともに示してきました。ただ、今回述べた例は、いずれも分数コードの登場は1度だけで、その特徴についても、あくまで分数コード1つに絞っての説明しか行っていません。
次回は、数小節から成るコード進行の流れの中で複数の分数コードを使うことによる、「分母を滑らかに推移させる」等のテクニックについて、説明していきたいと思います。